美濃加茂事典
野田宇太郎(のだうたろう)
 1909(明治42)年、福岡県出身。久留米で詩作を始め、東京に移住後、編集者として活躍。1950(昭和25)年、戦争で荒廃した東京を歩き、近代文学の歴史を書き遺そうとした「新東京文學散歩」で「文学散歩」を創始する。戦後の高度成長期、開発のために貴重な自然や文化遺産が破壊される現実に憤りを抱いた野田は日本全国を踏査し、それらの記録と保存に力を注いだ。1962(昭和37)年、博物館明治村の設立にも携わった。紫綬褒章受章。東海地方を踏査した時期は1960年代前半。中山道をたどりつつ太田に来て、坪内逍遙の生家付近や太田小学校付近を歩いた。木曽川の河原に出て祐泉寺を訪れ、「日本ライン」の命名者である志賀重昴やこの地に没した播隆の石碑を見学し、住職から北原白秋のことを聞いている。その後、再来した時には白秋が訪れた飛騨川を訪れた。1984(昭和59)年、死去。
【図書資料】№30330『野田宇太郎 文学散歩 第13巻 東海文学散歩山道篇』、No.30689『東海文学散歩 海道編(下)(野田宇太郎文学散歩12)』
【関連情報】広報みのかも№1075(2023年1月号)、広報みのかも№1076(2023年2月号)