美濃加茂事典
長谷川誠也(はせがわせいや)
英文学者・評論家(1876~1940)。天渓(てんけい)。新潟県出身。坪内逍遙や大西祝(おおにしはじめ)に私淑。『早稲田学報』の創刊当時から学生委員として編集に携わる。東京専門学校(現早稲田大学)卒。卒業後、博文館に入社。1910(明治43)年、社命で渡英し、帰国後は近代英文学研究を続ける。大正末には早稲田大学坪内博士記念演劇博物館建設に向けて献身的に逍遙を援助した。1930(昭和5)年財団法人国劇向上会の設立企画に向けて、山田清作、河竹繁俊らと共に尽力した。同協会の常任理事として運営に携わり、機関誌『芸術殿』発行に当たって編集委員代表となった。津田左右吉は長谷川天渓と一緒に『文学に現はれたる我が国民思想の研究』(1916(大正5)年刊)の序文を依頼するために逍遙を訪れた。